星を渡す―観勒

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①時代と舞台

飛鳥時代、推古天皇(すいこてんのう)10年(602年)から推古32年(624年)まで。百済(くだら)の僧・観勒(かんろく)が暦や天文の書物を携えて倭(わ)に渡り、若い書生たちを育てた二十二年の物語です。

②歴史の手がかり

  • 観勒 602年に百済から来た僧です。暦の本、天文・地理の書、遁甲(星や方角による占術・兵法)・方術の書をもたらしました。朝廷は書生を選んで学ばせ、陽胡史の祖・玉陳が暦法を、大友村主高聡が天文と遁甲を、山背臣日立が方術を学びました。
  • 暦のはじまり 当時の倭には国じゅうで共通する暦がなく、季節は花や鳥で数えられていました。観勒の渡来をきっかけに、本格的な暦法の受け入れが始まります。
  • 624年の事件と最初の僧正 一人の僧が斧で祖父を殴る事件が起き、推古天皇はすべての寺の僧尼を取り調べ、罰しようとしました。観勒は上表して赦しを願い、これをきっかけに僧尼を統べる「僧正」「僧都」が初めて置かれ、観勒が最初の僧正となりました。
  • 蘇我馬子と推古天皇 当時、政治の実権を握っていた大臣と、日本最初の女性天皇です。

③あらすじ

海水を浴びれば墨が流れ、火が出れば灰になる。
百済の僧・観勒は、そんな書物を胸に抱いて倭へ渡る。
星占いを学びたがる三人の若い書生に、彼はまず「影を一日見続けよ」と命じる。
それから二十二年。
一人の僧の罪をきっかけに、朝廷は国じゅうの僧尼を罰しようとする。
老いた観勒は、膝の痛みをこらえて宮へ向かう。
答えを教えない師と、その答えを待ち続けた弟子。
海の東と西で、星の並びは同じなのか。


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