四分―道登

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①時代と舞台

飛鳥時代、大化(たいか)2年(646年)。京都・宇治川(うじがわ)に橋を架けた僧・道登(どうとう)と、橋づくりに加わった人々の物語です。

②歴史の手がかり

  • 宇治橋と道登 京都府宇治市の宇治橋は、日本で最も古い橋の一つです。橋のそばの橋寺放生院に残る「宇治橋断碑」には、646年に僧・道登が架けたと刻まれています(『続日本紀』には、道昭が架けたとする別の伝えもあります)。
  • 道登 高句麗で学んだと伝わる元興寺の僧です。大化の改新のとき、仏教界を導く「十師」の一人に選ばれました。
  • 髑髏の話 平安時代初めの説話集『日本霊異記』に、道登の従者・万侶が奈良山の谷で人や馬に踏まれていた髑髏を拾い、木の上に置いてやったところ、のちに髑髏が恩を返しに来たという話があります。作中の麻呂と木片は、この説話を踏まえています。
  • 当時の川渡り 大きな川にはほとんど橋がなく、人々は舟や浅瀬を使って渡るしかありませんでした。増水のたびに、人や荷が流されました。

③あらすじ

夜明け前の宇治川。
僧・道登は自ら冷たい流れに入り、橋脚の綱を結ぶ。
去年の夏、この川で子どもが流され、父親は浅瀬に上がった小さな草履をいつまでも洗っていた。
その音が、道登の耳から離れない。
大工の真根と梁の削り方を「四分」か「半寸」かで争い、嵐の迫る夕方、なおもう一本の梁を渡そうとしたとき、事故が起きる。
濁流の中で、道登は一人の男の命綱に小刀を当てなければならなくなる。


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