目次
①時代と舞台
現代の奈良。四十年前、大学の下宿(げしゅく)で隣り合った友・和田の民俗調査を盗用(とうよう)した「私」が、脳梗塞(のうこうそく)で言葉を失った和田を、広陵町(こうりょうちょう)の老人ホームに訪ねる物語です。
②歴史の手がかり
- 民俗学と聞き取り調査 民俗学は、祭りや言い伝え、暮らしの習わしなど、文字に書かれずに受け継がれてきたものを調べる学問です。古老から話を聞き取り、記録することが研究の土台になります。語り手がいなくなれば、記録されなかった伝承はそのまま消えてしまいます。
- 月待ち 決まった月齢の夜に人々が集まり、月の出を待って拝む行事です。十五夜や二十三夜などに各地で行われてきました。
- 文選と文選箱 活版印刷の時代、原稿に合わせて活字を一本ずつ拾い集める作業を「文選」といい、拾った活字を入れる浅い木箱を文選箱と呼びました。
- 広陵町と高田川 奈良県北葛城郡広陵町は奈良盆地の西部にある町で、町の中を高田川が流れています。
③あらすじ
四十年会わずにきた友・和田が倒れ、言葉を失ったという報せが届く。
学生時代、隣の部屋の和田は、故郷の月待ちの祭りと、意味の分からぬ古い詞をひと夏かけて書き留めていた。
「みなそこの、つきよ、かへせ」。
和田の留守に、「私」はその覚書を開き、自分の論文として発表した。
和田は訴えず、研究の道を絶たれ、印刷所で他人の言葉を拾って生きた。
満月の晩、「私」はようやく老人ホームを訪ねる。
車椅子の和田は、利く方の手を、ゆっくりと差し出した。

