誰を恃まん―境部摩理勢

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①時代と舞台

飛鳥時代、推古天皇(すいこてんのう)20年(612年)から推古天皇が亡くなった628年まで。蘇我馬子(そがのうまこ)の弟・境部摩理勢(さかいべのまりせ)と、その子・阿椰(あや)の物語です。

②歴史の手がかり

  • 境部摩理勢 蘇我馬子の弟とされる人物です。612年、推古天皇の母・堅塩媛を改葬する儀式で、蘇我氏の由来を述べる誄(しのびごと:死者を悼んで奉る言葉)を奏上しました。
  • 次の天皇をめぐる対立 628年、推古天皇は後継者をはっきり定めないまま亡くなりました。田村皇子(のちの舒明天皇)と、聖徳太子の子・山背大兄王が候補となり、群臣の意見は二つに割れました。
  • 蘇我蝦夷 馬子の子で、摩理勢の甥にあたります。大臣として田村皇子を推し、山背大兄王を推す叔父と対立しました。
  • 「我生之誰恃矣」 『日本書紀』に記された摩理勢の言葉で、「生きていて、誰を頼みにすればよいのか」という意味です。題名はここから取られています。

③あらすじ

遠くで犬が吠え、それに別の犬が応える夕刻。
境部摩理勢は「胡床を出せ」と息子に命じ、門の前に腰を下ろす。
逃げようとしない父に、阿椰は理由を問う。
十六年前、兄・馬子から「覚えている者だ」と言われ、蘇我の由来を人々の前で語った日。
推古天皇の死後、次の大王を誰にするかで甥の蝦夷と対立し、斑鳩の山背大兄王を頼った日々。
名を覚え、筋を通そうとした男は、なぜ行くところを失ったのか。


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