目次
①時代と舞台
現代の、山あいの小さな町。地方紙を辞めて実家へ戻り、母の介護を続ける女性が、町史の校閲(こうえつ)を頼まれ、公民館の書庫で、山へ入ったまま戻らなかった女たちの古い記録を読んでいく物語です。
②歴史の手がかり
- 町史と校閲 町史は、町がみずからの歴史や暮らしをまとめた書物で、古文書や役場の記録などをもとに編まれ、記念の年に刊行されることが多くあります。校閲は、原稿の誤りや事実関係、出典を確かめる仕事です。
- 宗門人別帳 江戸時代、寺がその檀家の人々を一人ずつ書き留めた帳簿です。今の戸籍のような役割を果たし、毎年「改め」が行われて、亡くなった人や村を離れた人の名は帳から除かれました。
- 神隠し 人が突然姿を消すことを、天狗や山の神のしわざとした言い方です。民俗学者の柳田國男は『山の人生』で、山へ入って戻らなかった人々の話を数多く書き留めました。家を出た、とは口にしにくい事情を包む言葉でもあったと考えられています。
- 在宅介護のしくみ 介護保険の制度のもとで、日中に施設へ通う通所介護(デイサービス)、数日間施設に泊まるショートステイなどがあり、ケアマネジャーが家族と相談しながら利用の計画を立てます。
③あらすじ
母は朝になると、娘を「ヘルパーさん」と呼んで追い出そうとする。
地方紙を辞めて実家へ戻って八年。
粥を二百グラム煮て、薬を朝に四錠、夕に三錠数える日々に、町史を編み直すための校閲の依頼が舞い込む。
週に二度、公民館の書庫で原稿に赤鉛筆を入れるうち、校閲者は山へ入ったまま戻らなかった女たちの記録に行き当たる。
柴を取りに出た嫁。
乳飲み子を残した母。
そして大正十年に姿を消し、四十年後の村日誌にただ一行だけ現れる女――「帰ル。何モ語ラズ。」

