赤いひと

目次

①時代と舞台

現代の大阪。七年暮らした恋人に去られた志乃(しの)が、仕事の届け物で梅田から夕陽丘(ゆうひがおか)を訪れ、愛染坂(あいぜんざか)を上った一日を描く物語です。

②歴史の手がかり

  • 愛染堂勝鬘院 大阪市天王寺区夕陽丘にある寺で、「愛染さん」の名で親しまれ、縁結びや夫婦和合の寺として知られています。聖徳太子が建てた四天王寺の施設の一つ、施薬院に始まると伝わります。境内の多宝塔は豊臣秀吉が建て直したとされ、大阪市内に残るいちばん古い木造建築です。
  • 愛染明王 人の愛欲や迷いを、そのまま悟りへ向かう力に変えるとされる明王です。全身が赤く、三つの目と六本の腕を持ち、怒りの顔をしています。恋愛成就の仏として信仰され、「あいぜん」が「藍染め」に通じることから、染物の職人たちにも信仰されてきました。
  • 愛染まつり 毎年6月30日から7月2日に行われる夏祭りで、大阪の夏祭りの始まりを告げるとされます。浴衣姿の「愛染娘」を乗せた宝恵駕籠が、掛け声とともに町を練り歩きます。
  • 天王寺七坂と夕陽丘 上町台地の西側には、寺町から下町へ下る七つの坂があり、「天王寺七坂」と呼ばれます。愛染坂はその一つで、勝鬘院の脇を通ります。夕陽丘という地名は、この台地から西の海へ沈む夕日が美しく見えたことにちなむと伝わります。

③あらすじ

月曜日の朝、志乃は冷蔵庫の扉を開けたまま動けなかった。
二人分の卵、半分残った牛乳、彼が好きだった辛いソース。
三日前、七年暮らした男は「好きな人ができた」と言い、「志乃といると、息が詰まるようになった」と付け足して出ていった。
眠れないまま出社した志乃は、採用案内の色見本を届けるため、梅田から夕陽丘の福祉法人へ向かう。
用事は二十分で終わった。会社へ戻る気になれず遠回りの坂を選ぶと、石標には「愛染坂」と刻まれていた。
上りきった先には、縁結びの寺の朱い門があった。
「いらんわ」。


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