名のない札

目次

①時代と舞台

江戸時代中期、享保(きょうほう)20年(1735年)の冬から翌春。新しい堂の普請(ふしん)が続く京都・清水寺(きよみずでら)を舞台に、父の彫った読めない文字の版木(はんぎ)を届けに来た娘・お澪(おみお)が、普請場の付け火の疑いを掛けられ、旅の女・佐和(さわ)とともに真相を追う物語です。

②歴史の手がかり

  • 清水寺と随求堂 清水寺は京都・東山の古刹です。境内の随求堂は享保20年(1735年)に建てられた堂で、本尊の大随求菩薩は人々の願いに随ってそれを叶えるとされ、安産や子育ての信仰を集めてきました。堂の下の暗闇を手探りで進む「胎内めぐり」でも知られています。
  • 梵字と陀羅尼の札 梵字は古代インドの文字をもとにした文字で、仏や菩薩を表す神聖な文字とされました。梵字で書かれた陀羅尼(呪文)を円く配した札は、身に帯びれば災いを退け、願いが叶うと信じられました。
  • 版木と摺り 江戸時代の印刷は、板に文字や絵を彫り、墨をのせて紙を当て、馬楝でこすって刷るものでした。お札や護符も、こうした版木で数多く刷られました。
  • 五条坂と清水焼 清水寺へ続く五条坂の一帯は焼き物の町で、登り窯が並び、清水焼が作られていました。
  • 江戸時代の出産 出産は命がけのもので、産婆の手を借りて家で産むのがふつうでした。安産を願う札やお守りが広く求められました。

③あらすじ

享保二十年の霜月、お澪は、倒れた父の代わりに、読めない文字を彫った八枚の版木を清水寺へ届けに行く。
その夕暮れ、新しい堂の普請場から火が出た。
散った版木の一枚を拾ったのは、旅の塵をつけた黒い頭巾の女・佐和だった。
焼け跡の油紙と同じ匂いがお澪の風呂敷からしたことで、お澪は付け火の疑いを掛けられ、物置に閉じ込められる。
「願いは何です」。
格子の外に立った佐和に問われ、お澪は答えに詰まる。


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