目次
①時代と舞台
平安時代の中ごろ、信濃国(しなののくに)戸隠(とがくし)(いまの長野市)の山里。山に棲(す)む「鬼」の女を討つための官符(かんぷ)を書くよう命じられた、都の書き役「私」の手記です。全四部の長編です。
②歴史の手がかり
- 鬼女紅葉の伝説 長野市の戸隠・鬼無里に伝わる伝説です。都で源経基に仕えた女・紅葉が信濃へ追われ、山に住んで「鬼女」と呼ばれるようになり、やがて朝廷の命を受けた平維茂に討たれたと語られます。地元には、都の文化を伝えた高貴な女性として紅葉を慕う伝えも残っています。
- 源経基 清和天皇の孫とされ、のちの清和源氏の祖とされる武将です。
- 平維茂 平安時代中期の武将です。伝説では帝の命を受けて紅葉を討ったとされ、能の『紅葉狩』にも描かれています。
- 官符と書き役 太政官符は、朝廷の最高機関である太政官が出す正式な命令書です。一行の文言で、軍が動き、人の運命が決まりました。作中の「私」は、そうした文書を書く家に生まれた者です。
- 戸隠 古くから山岳修験の霊場として知られる信濃の山です。
③あらすじ
「この一行を書けば、女は鬼になる」。
都の官人・源経基の訴えを官符の文言に直すため、書き役の「私」は信濃の山里を歩く。
だが里に鬼はいなかった。
年貢をごまかすために鬼を語る郷長、鬼祓いの護符を売る祈祷師。
その一方で、夜ごと灯りを持たずに訪れ、病の子を看取り、目の見えぬ子に生きる術を教えた「あの人」を慕う者たちがいた。
書かぬと決めた三日のあいだに、官符は誰かの手で下される。
やがて「私」は、死んだ父の譫言――「あの子を、書いてしまった」――に行き当たる。

