目次
①時代と舞台
飛鳥時代、推古天皇(すいこてんのう)16年(608年)から乙巳の変(いっしのへん)(645年)まで。遣隋使(けんずいし)とともに海を渡った学問僧・南淵請安(みなぶちのしょうあん)と、彼のもとに通った中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)・中臣鎌足(なかとみのかまたり)の物語です。
②歴史の手がかり
- 南淵請安 608年、遣隋使・小野妹子に従って隋に渡った留学生です。三十年以上大陸にとどまり、640年に帰国しました。
- 隋の滅亡 請安の留学中の618年、隋は各地の反乱で滅び、唐が建国されました。請安は、一つの国が崩れ、新しい国が立つのを目の当たりにしたことになります。
- 請安の学び舎 『日本書紀』には、中大兄皇子と中臣鎌足が請安のもとへ「周孔の教え」(儒学)を学びに通い、その行き帰りの道で蘇我氏打倒を相談したと記されています。
- 稲渕 奈良県明日香村、飛鳥川上流の山あいの集落です。請安の墓と伝わる場所があります。
- 乙巳の変 645年、中大兄皇子と鎌足が宮中で蘇我入鹿を殺した政変です。この後、大化の改新と呼ばれる改革が進められました。
③あらすじ
その朝、二人の弟子はいつもより早く来た。
腰には剣があった。
「隋は、なぜ滅びたのですか」。
中大兄皇子の問いに、師の南淵請安は「誰も止められなくなったからだ」と答える。
だが請安は、その答えを剣の理由にされることを拒む。
三十年余り前、大和を振り返りながら海を渡った若い日。
隋の都で見た、まっすぐに延びる道。焼けた村で出会った老人の言葉。
教えた者は、教えたことの行方にどこまで責任を負うのか。

