返しに行く―嵐山法輪寺

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返しに行く―嵐山法輪寺

渡月橋を渡りきるまで、振り返ってはいけない。法輪寺の十三参りには、そういう決まりがある。
虚空蔵菩薩に智慧を授かった帰り道、後ろを向けば、授かったばかりのそれを返してしまう。
だから子どもは、橋を渡り終えるまで、ただ前だけを見て歩く。

初めてこの話を聞いたとき、私はうまく笑えなかった。
私が引っかかったのは、授かるという場面ではなく、失うという場面のほうだった。
この習俗は、智慧を得る話の形をとりながら、その実、智慧を失うことについての話をしている。

授かったものが、なぜこうもあっけなく消えるのか。
しかも消える条件が、後ろを向く、というただそれだけの動作に定められている。
刃物で断つのでも、水に流すのでもない。
首の向きひとつ。
振り返るという、人間のもっとも自然な仕草に、抹消の引き金が仕込まれている。

授かった智慧は、まだ子どものものになりきっていない。
手のなかに握られてはいるが、まだ定着していない。
だから、来た道をなつかしく思って振り返るような、あのわずかな後ろ向きの心の動きだけで、こぼれ落ちてしまう。
得たものを自分のものにするには、それを得た場所を捨てて、前へ歩き続けなければならない。
振り返らないとは、忘れることではない。
振り返らないことによってしか、覚えていられないものがある。

境界がどこに引かれているかも、おもしろい。
振り返ってよくなるのは、寺の山門を出たときではない。
橋を渡りきったときだ。
かつて渡月橋までが寺の境内だったからだと説かれるが、理屈はどうあれ、その線の引き方が効いている。
授かった場所から、川ひとつ分だけ離れる。
その距離を歩ききって初めて、人は後ろを向くことを許される。

智慧は、堂の中で手渡されて終わりではない。
堂を出て、山を下り、川へ向かい、橋を渡る。その道行きの全部が儀礼に含まれている。
授かるとは、一点で完結する出来事ではなく、こぼさぬように運びきる、という持続の別名なのだ。
運搬に失敗すれば、授かった事実そのものがなかったことになる。

いつだったか、春の渡月橋を渡ったことがある。
晴れ着の女の子が、母親に手を引かれて、少し先を歩いていた。
橋の板を踏む下から、水の音が絶え間なく上がってくる。
子どもは、うつむいて自分のつま先ばかり見て歩いていた。
前を見ているのではない。
振り返らないために、下を向いているのだった。
あの小さな背中の、こわばった真剣さを、私はいまでも思い出す。

一行を書くたびに、書かれなかった無数の一行が消える。
何かを書きとめるとは、それを記録に残すことだ。
けれど、記録するとは同時に、記録されなかったすべてを闇に落とすことでもある。
記すことと消すことは、別々の作業ではない。同じひとつの動作の、表と裏だ。

前を見て歩くとは、来た道を視界から外し続けることだ。
授かったものを保つために、通り過ぎたものを見ない。
保存は、放棄と引き換えにしか成り立たない。

この寺が千年をかけて信仰の対象としてきたのは、知る力、覚える力、身につける力だと言われる。智慧の寺、記憶の寺だ。けれどその中心には、失うことについての小さな禁忌が置かれている。何を保ち、何を手放すか。その分かれ目を、私たちは記憶と呼んでいる。

虚空蔵の虚空とは、際限のない空間のことだという。限りなく蔵する菩薩。

あらゆるものを蔵するということは、何ひとつ選ばないということでもある。

私はときどき、橋の途中で振り返ってしまう子どもを想像する。来た道へ顔を向けた、その一瞬。授かった智慧が本当に失われるのかどうか、誰にも確かめることはできない。

ただ、その子は見てしまう。

さっきまで自分が歩いてきた道を。

寺へ続く坂を。
母親の顔を。
山を。
川を。

それらを見たあとで、もう一度前を向く。

失ったのかもしれない。
何も失っていないのかもしれない。

けれど、振り返る前の自分には戻れない。

橋はそのままそこにある。
川も流れている。
智慧がどこへ行ったのかは、誰にも見えない。

子どもだけが、また歩き始める。

返したものがあるのかどうかも、知らないまま。


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