駐車場から始まる参道——吉備津神社と普賢院
藤代顕向
今日は、岡山の吉備津神社と普賢院へお参りした。
妻は、長く人のために働いてきた。今は、境内を歩くことが難しい。
私たちは駐車場に残り、いつものように心の中でお参りすることにした。
フロントガラスの向こうには、駐車場の白い区画線が延びていた。
人が行き交い、ときおり車のドアが閉まる音が聞こえた。
隣を見ると、妻は膝の上で両手を重ねていた。私たちは言葉を交わさず、目を閉じた。
呼吸を整えると、周囲の音が少しずつ遠ざかっていった。
心の中に吉備津神社の本殿が現れた。私と妻は、その前に並んで立った。
今日も無事に、ここまで来ることができました。
まず、そのことへの感謝を申し上げた。そして、いつも一緒にお参りをしている人たちの顔を、一人ずつ思い浮かべた。
本殿へのお参りを終えると、回廊へ進んだ。
柱の並ぶ回廊は山の斜面に沿い、長い下りの勾配を描いて、先へ先へと延びていた。
私は妻の歩調に合わせた。一歩進んでは立ち止まり、また一歩進む。
隣に妻がいる。その気配を確かめながら、二人で歩いた。
そのとき、近くで車のドアが強く閉まった。
乾いた音が車内に響き、目の前にあった回廊が一瞬で消えた。まぶたの裏に、駐車場の白い区画線が戻ってきた。
隣から、妻の呼吸が聞こえてきた。
妻は、まだ回廊を歩いている。
私はもう一度呼吸を整えた。
消えていた柱が一本ずつ戻り、足元に板の道が現れた。
妻は、少し先を歩いていた。背筋を伸ばし、迷いのない足取りで下りの回廊を進んでいく。
人のために働いていた頃の、あの足取りだった。
私は足を速めて妻の隣に追いつき、今度はその歩調に合わせた。
回廊の先に、鳴釜の御釜殿を思い描き、二人で手を合わせた。
妻と並んで、普賢院へ向かった。
境内へ入り、妻と仏前に立った。薄暗い堂内に、小さな灯明が一つ揺れている。
私は、その小さな火に、その人たちの顔を一人ずつ重ねた。
どうか、この灯が消えませんように。
祈りを終え、目を開けた。
フロントガラスの向こうには、先ほどと同じ駐車場があった。
隣では、妻も目を開けた。
妻は何も言わなかった。つらいと言ったことは、一度もない。
私も何も言わなかった。
車は一度も動いていない。
2026.9.26
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